2017-10

 - 2013.07.21 Sun



この頃は相棒がいて、日柄が良ければテニスで思いっきり汗をかき、それ以外はパンツ一丁で寝っ転がって本を読んでる。

ああ、もちろん仕事もしてますよ。
食器洗いもね。。

今さっき、ほとんど同時に二冊の本を読み終えた。

『夜と女と毛沢東』 吉本隆明・辺見要(対談)
『知の逆転』 吉成真由美 編

吉本さんは昨年亡くなられた「戦後思想界の巨人」と言われる人
一方、辺見さんは共同通信社の記者を経て、言論界に踊り出た作家・評論家

この対談集は15年も前のものだけど、内容は全然色あせてなく、むしろ、今の日本と世界の危機を予兆していたかのごとく示唆に満ちている。

全体的な印象は
吉本さんが(好きな)テレビや本で得た知識で思考をめぐらし、自宅の一室で遥かな地平線まで見通しているのに対し、辺見さんはジャーナリストとして世界中を駆けめぐった経験に基づき、実証的な論理を展開している。

対談は辺見さんのプラグマチズムが、いわば「引きこもり型」の吉本さんをやや押し気味で展開するが、吉本さんの深い洞察は動ずるところはない。

例えばオウム真理教裁判の傍聴に辺見さんは立会い、その印象に基づいた臨場感のある麻原論で切りこんでくるけど、吉本さんは個人と向き合うのなら「最初から最後までつきあわないと意味がないよ」とかわす。

そうだよね。島国日本人は例えば欧米渡航者を過剰に祭り上げる傾向がある。
でも、単にツアーなどで数か月そこに居たからといって、その場所に深く根を張る病理までわかるわけがない。表層だけを見聞きして訳知り顔で論評する方が、はるかに恐い気がする。

吉本さんはそういった経験主義者が陥りやすい過ちをよく理解しているのだろう。

辺見さんは僕が大好きな作家。
ずっと昔に読んだ著書『自分自身への審問』では、当時の小泉政権のいわゆる「小泉劇場」の実相を暴けず、(だれも攻めてないのに)一人でほとんど悶絶するかのように内省していた。

そんな実直な人柄に胸を打たれた覚えがあります。

この本でも「消費資本主義」を嘆き、それが今後もたらす弊害に対し警鐘を鳴らしているのだけど、吉本さんはちょっと楽観的で、その社会的構造も良い方向へ変容すると言っている
ここらへんは世代(戦中・戦後派)の違いもあるが、吉本さんにはマルクス主義に基づく進歩史観の影響が見られ、現在や過去の「不幸」は歴史の暫定的な発展過程ととらえているみたいだ。

吉本さんはあくまで民衆を信じ、その自己浄化力に期待しているが、辺見さんは政府や国家権力の恐ろしさを、世界各地の紛争地帯で身をもって感じており、大衆が持つ幻想にも懐疑的だ。

両者の主張は平行線をたどり、最後までかみ合わず、新しい世界観を提示することはない。

吉本 「テレビのバラエティ番組を見ていると、この頃の若い人は自由な感じでいいね。」
辺見 「そうですか?僕にはかえって痛々しく見えますけど…」

もちろん意見が一致するところも多々あって、面白かったのはオウム真理教の解釈。吉本さんは麻原を「希有の宗教家」と擁護する発言をして、マスコミに(奥さんにも)ふくろ叩きに合う。しかし二人とも、オウムを単なる凶状集団に仕立て、自分たちとは異質の存在と片付けるジャーナリズムの態度は間違っていると口をそろえていた。

なぜあのような教祖に若者(それもエリート)たちが魅かれたのか、なぜ反社会的なカルト集団に身を投じたのか、もっと徹底的に分析をする必要がある。そこから漂泊する若者たちの目を通した現代社会の病巣が見えてくるかもしれない。

しかし、そのような試みもなされないまま、20年近くが経とうとしている。
一体あの事件はなんだったのだろう・・


『知の逆転』で登場するのはDNAの二重らせん構造を解明した学者をはじめ、ノーベル賞級のまさに「現代の知性」と呼べるすごい人たちばかり。ちょっと身をひいてしまうけど、頭のいい人は難解な論理も平易な言葉で説明することに長けているので、寝転がって、まるで推理小説のように「知的冒険」を楽しむことができた。


こういった教養書(他に言い方がないのかな)を読むコツだけど、「知識」として覚え込もうとしないこと。ページをめくるたびに「そうか、そういう考えもあったか」と多くの発見があっても、そのことは理解をしたら忘れてもいいんです。

飲み会で女の子をくどくネタに使おうとしても、どのみち底の浅さを露呈するだけなので、(自戒をこめて)止めた方がいい。なまじっか知識をつめ込もうとするからしんどくなる。その時「なるほど」と一人うなずくだけで、確実に大脳皮質にシワが刻まれます。

大切なのは、モノごとのとらえかた、考え方の筋道を養うこと。

例えば『知の逆転』でジャレド・ダイアモンドさんは文明の隆盛には地理的要因が大きく、欧州の発展も(三角地帯等の)肥沃な風土がもたらした結果に過ぎず、本来の人間に優劣は全くないと断言している。こんな「おかず」を聞くだけで、僕の中にあるかもしれない差別意識も軌道修正へと向かう。

やや毛色がちがうけど、『ぼくがいま、死について思うこと』 椎名誠著 では、モンゴルの鳥葬をはじめ、実に世界にはたくさんの死者に対する「弔い」の方法(儀式)があることがわかる(日本の墓場も外国人には異様な光景らしい)。葬儀の多様性は死と向き合う態度の多様性であり、裏を返せば「生きる意味」が様々に存在するってことだ。

そのようなことはテレビやネット動画でも、観ることはできるけど、僕は映像を伴うメディアって「リアル過ぎ」て逆に右から左へをスルーしてしまうような気がする。情報としては完全体なので脳が補完作業を行わず、安全な受動側としてただ傍観するに留まるのだ。

その点読書は能動的なので、言語処理能力が活発化し、文字媒体から想像力を働かせることができる。第三の視力、聴力、嗅覚を効かせて、その現場の情景と音そして匂いがイメージとして湧きあがる。


とまあ、読書って楽しいよ!という話でした。
最後まで、どもどもです~


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