2013-11

 - 2013.11.28 Thu




服飾メーカーの展示会の案内はがき
某レストランのレジ近くで置いてあったの、もらって帰った。

とてもいい写真だと思う。

もちろんモデルさんが魅力的なのはあるけど、なによりも構図がいいですね。
通常は人物をまん中に持ってくるか、目線の先(顔の向き)に大きな空間を入れてL型にするのだけど、これはわざと人物の前方を狭めにしている。

これで、快い緊張感 が生まれてます。
ちょっとした胸のざわつきなようなものを感じないですか

(顔の前に空間を入れるような)「黄金比率」の安定した構図が写真の基本だと学ぶ。
観光絵はがき等、無難な印刷物で使われてます。
スタティックで確かに落ちつくのだけど、ダイナニズム(動き)に乏しい。

この写真のように黄金比からはずすことで、見る者の不安がやがて躍動感へと発展することもある。
写真だけでなく、他のプレゼンテーションでも使えそうなテクニックですね。
(「ちょっとのズレ」がミソで大きくはずしたり、乱用するとセンスの悪さが露呈)

さらに、この写真ではモデルさんにどんどんズームアップしていて、まるで僕がゆっくり彼女に近づいて行くような錯覚におちいる。
押し付けでなく、消費者に商品(衣装)への主体的なアプローチを与えてます。


広告写真は面白いね。


 - 2013.11.23 Sat




















エアリーフォト」という写真技法を知り、その方法で近所の児童公園や里山を撮ってみたのだけど、どうもしっくりこない。

これは従来の云い方では「ハイキー写真」

●露出を+1~+1.5ぐらいオーバーにする。
●「青み」がかった色にしたければ、ホワイトバランス(WB)を「電球色」にする。
●「赤み」がかった色にしたければ、WBを「蛍光色」にする。
 (WB「日陰」で「黄色み」な写真ができるみたい(経験))
●「空間」を多めにいれる。

ごくごく簡単にいえば、これがエアリー(風通しのいい)フォトの技法かな?
でも、僕はそれらに好きな「クロスプロレス」というフィルターを加えてみました。

僕の考えはこうです。
その人にとって、子供のころよく遊んだ場所や懐かしい風景って、ごく「個人的」なことですね。ある人には特別なモノでも他人にはその価値はわからない。でも、人々の手で磨かれ、時と共に朽ちてきたものって、色々な人たちの「思い」や時代の「歴史」が塗りこめられているはず。それは使い手である個人の領域を超えた普遍的なモノで、誰にでも感じ取ることができる気がする。「いい写真」であるかどうかは、イデアというかその物質や風景の中で巣作ってきた影の本質を光、色、構図を使っていかに表現できるかどうか。
簡単に言えば、個人の「懐かしい」を万人の「懐かしい」まで高められないか。

そこで、この「エアリーフォト」の技法が役立たないかと試してみた。
別にハイキーでなくてもローキーにすれば暗くなって重厚さが増すので、時の重みをわざと負荷できるかもしれない。事実その方向へ走ったこともあるのだけど、「暗さ」ってそこから始めると、どんどん暗くなって「闇」に向かう性質があるのですね。撮ってる本人もだんだん意気消沈していくし、第一自称「夏男」の僕には似合わない気がする。そこで、この路線はちょっと置いといて、もっと明るい光の中で、何気ない日常の事物や風景が持つ刻印された時間を写しだせないかと思うのです。

クロスプロセスは色々な効果を生みだすけど、僕は「古びた写真」。それも長い間日光にされされて、色あせたけど特定の色が鮮やかに浮かびあがるビンテージ感覚の写真を想像します。「モノクロ」もいいのだけど、この白黒写真に特別な親近感を抱くのは、どうも限られた年齢層ではないかとの疑念がある。昔書いたブログで「人間の記憶は脳の中の経年劣化で『色』がとり払われ、最後はモノクロになる」と仮説した覚えがあるけど、このごろは「色はあせるが、消えることなく変容している」という説に(節操もなく)宗旨替えしている。

一言でいえば「記憶色」の探求なのだけど、できるだけ多くの人の記憶の琴線に触れる色をつくりあげてみたいと思います。

 - 2013.11.20 Wed

『64』 横山秀夫 著



横山秀夫さんの作品は著書『クライマーズ・ハイ』で衝撃を受けてから、ずっと読んでいる。

総じて短編が多いのだが、これは久しぶりの長編。それも読後どっと疲れが全身を襲い、同時に心地よいドーパミンが脳内を満たすほど、その渾身を込めた筆力に終始圧倒され続けた。

ジャンルでいえば作者得意の「警察小説」であるが、派手なアクションや劇的な逮捕劇はほとんどない。しかし印象は男気がプンプン匂うハードボイルド仕立て。警察と記者クラブ、警務部と刑事部、本庁と地方署、上司と部下、そして夫と妻、父と娘がすさまじい二極対立と融和を繰り返しながら、全ての登場人物が「64」という巨大な渦に飲み込まれながらエンディングへとなだれ込んでいく。

全編を通じてに主題となっているのが、主人公「三上」の立ち位置だ。

前職である刑事への返り咲きの夢、それと真っ向から敵対する「広報官」という職責の狭間で迷い、悶絶する。
これは大なり小なりどこの職場にもあることだ。勤め人である以上、いや、たとえ夫婦や親子でも、相対するのが「自分とはちがう」人間である以上常にそこに桎梏や嫉妬、意地の張り合い、プライドのぶつかりあいが生まれるのは避けられない。

重要なのはそんな激流の中でも足元をすくわれことなく、しっかりと自らの使命を自覚し大地に踏んばることができるかどうかだ(三上は自分が人々を救う「警察官」だという原点に還る。その大切さをこの小説はどのようなノウハウ本より雄弁に私たちに教えてくれる。

寝床で読んでいて、持つ手がだるくなるほど「重量」のある大作なのだが、海外ドラマ『24』みたいに凝縮された時間内での展開なので、一気に読み終えることも可能だ。かと言って斜め読みや1ページでも飛ばしたら、筋を見失ってしまうほど緻密な構成となっており、「張り込み」のように少しの油断もできないところが、この作品が紛れもない 一流のミステリーであることを物語っている。

人間の弱さに向ける温かいまなざし 徹底的に追いこんでいく自問形式の心理描写

現時点で横山文学の集大成といってもいい。


 - 2013.11.17 Sun



いま そこにある幸せ

 - 2013.11.14 Thu

NHKが開催する『全国巡回朗読セミナー』に参加しました。

場所は鳥取市。朝早くから車で出て4時間かかった。ホント山陰は横になが~いわ。
講師は高橋淳之さんで、現在もNHK「ラジオ深夜便」を担当する現役アナウンサー。
以下、印象に残ったところ

●日本は古来の大和朝廷の勢力拡大によって、多くの地域で「関西弁」が広まり、それが母国語になっている。「関東」弁は江戸で生まれ、それが標準語と言われている。「関西弁」は文書全体の中の音の高低を意識して意味を伝えようとするが、「関東弁」は最小単位である単語の中で音の高低を使い分ける。僕たちの中には「関西弁」が根付いているので、標準語を操るためには、文書全体の音の高低=抑揚を制御する必要がある。

●朗読で大切なのは(抜粋)

話すように読む
・朗読はコミュニケーションなので、一方的に読むのではなく、相手に対して書かれていることばの意味を伝える。「ふだん人としゃべっている」ようにごく自然に日常会話を心がける。

意味どおりのイントネーションを使い分ける
・意味を伝えるのに大きな役割をもつのが「音の高低」。これを使い分け、意味のつながりや切れ目を表す。たとえば
青い屋根の家 ②青い大きな家 ①では平面で読んでもいいのだけど、②では「大きな」を高く発声する。つまり、際立たせたい単語は「高く」言う(プロミネンス)。場合によってはわざと「低くする」や「ゆっくり言う」などがある。

間を上手にとる
・段落の変わり目、場面の変化、時の経過、別の話しの始まり等によって大きな間、小さな間を入れる。聴き手には内容を理解する時間を与え、読み手にとっては息を吸い、整える余裕の時間となる。

4~5m先にいる人に伝えるような大きさで話す
・声は息によって作られる。口先で音を出すのではなく、4~5m先の相手に「放物線を描いて息を届ける」イメージで話す。
姿勢に気をつける
・腹式呼吸を意識する必要はなく、胸をはって「肺の中で共鳴させる」感じで話す。上を向いて「ア~」を天井から降ろしていく感じで発声してみる。

低い音から始めない
・出だしを低い音から入ると、ずっと低くなりがちなので、わざと高い音から始める。ドレミファソラシドの最後のドぐらいから。

関西弁にならないように
・地である「関西弁」が出ると、文書に抑揚つきすぎてクネクネしてしまう。標準語では説明部分は平板で読みあげ、会話は状況を考慮して感情を出す。

実践ではエッセイが1編、小説が2遍をじっくりと読んでいった。それも一人ひとりが読み、全て講師が注釈を入れ、出来るまで何度も繰り返すというなかなか厳しい研修だ。

IMG_1778.jpg


例文Ⅰ「…和食ってなんだろう。「だし」というひともいれば、抽象的に「こころ」と云うひともいる。醤油味だと、和食らしい感じもするけど、醤油が普及したのも、江戸中期以降で、そんなに歴史のある調味料ではない。…」(杉浦日向子の食・道・楽)

ここで、地元で講師を勤めているAさんが、「和食って(間)なんだろう?」と感情をこめて話した。すかさず、講師(高橋)が「このエッセイは杉浦さんがひとり言のようにつぶやいた文書です。あまり感情移入をしてはいけません。」Aさんは声も話しかたも僕から見るとプロ級なのだけど、他の例文でも同じような指摘をされた。(自分の)気持ちがこもり過ぎると作者のねらいから逸脱する危険も大きくなるのだ。
またBさんは「醤油味だと(間)和食らしい感じもするけど」と読んだが、間を空けるなと注意された。句読点にだまされてはいけない。説明文は「ひとかたまり」として、一気に読む。これは全ての生徒が何度となく指摘された点で、朗読の基本と言うべきか。余計な抑揚や間、声の高低は意味を与えてしまうので、単なる情報提供の場面では気をつけなければならない。

例文Ⅱ「…ねえ、マルヤマさん。電話を切った桃子は冷蔵庫から冷えたワインを持ってきて、心のなかでひっそりと話しかける…」(角田光代「彼女のこんだて帖」)

Cさんは「ねえ、マルヤマさん」と大声をあげたが、「ひっそり」とつぶやかなければいけないですね。それは事前に読んでいないとわからない。また、(冷えたワインを持ってきて)の部分はなくても文書は成り立つので、挿入句で「不用」な部分は早めに感情を込めずさらりと読む。

例文Ⅲ「…荻窪行の最終が来た。わずかな乗客は、みな降りてしまった。「最終でえすーぼく、最終よ。いいの?」 折り畳みのドアを引きかけながら、車掌が身を乗り出して訊ねた。バスに乗る前に、恭一はもういちど角筈(つのはず)の街頭を振り返った。店々の灯もあらかた消えた舗道には、野良猫が群れていた。」(浅田次郎「鉄道員」ぽっぽや

これは、父親から捨てられた不幸な子供の描写。「訊ねた」からエンディングが始まるので、文面は段落を置かず続いているが、間をおくこと。そして、あのベテランAさんが「野良猫が群れていた」を謎めいた口ぶりで話した。講師「ここは野良猫だろうと野良犬だろうとあまり意味をもたないところなので、もっと客観的に読んでいいのですよ。」

朗読というのは深い。登場人物の心理状況…高揚感や喪失感、そして無感覚な覚めた気持ちも汲み取らなくてはならない。そして作者が一文一文に託した思いもひっくるめて声で表出するのだ。無味乾燥ではなく、かといって感情に押し流されず。砂漠にちらばる美しい貝殻を拾って歩くように「坦々と目を輝かせながら」読みすすめる。

まあ、こんな感じで、一人ひとりの朗読を録音しそれを再生しながら、自分自身も聞き、みんなで批評をし合うという作業をまる一日行った。
正直、疲れました。

最後全員に講師からの批評があり、僕は「声の印象はいいのですが、全体に間がありません。相手にとっても自分にとっても間は重要です。」との指摘をいただいた。

石見人特有のはばしい性格がでちゃったんかな?
もうちょっと、なんでも落ちついてのぞまないといけませんね。

とても有意義で、すごく「朗読」が楽しく感じられた研修でした。
お気に入りの本があったら、是非音読してみてください!また全然違った魅力に出会えますよ。




研修後、急いで鳥取城下に佇む『仁風閣』へ駆けつけたが、すでに閉館していた。
外観だけでなく中も入ってみたかったな。。。



ふと、空を見上げたら




この後、東郷温泉で一泊し、翌日は三徳山へ登りました。
鳥取は思っていたより広々として、とても気持ちのいい「隣県」でした。

東郷温泉 → http://sutekion.blog.fc2.com/blog-entry-99.html
三徳山 → http://sutekion.blog.fc2.com/blog-entry-100.html


 - 2013.11.08 Fri

三徳山(みとくさん)
投入堂(なげいれどう)
と、読みます。
僕はどちらも音訓を取り違えていました(+_+)
表意文字的な日本語にとっては致命的ですね。



鳥取のちょっと奥にあります。
国宝や重要文化財が満載の宝(?)の御山です。









昔からの修行の山で、階段を上がると、山佛寺を中心にいくつかのお寺があります。



中腹以降は修験の場らしく、かなり急で険しい登山道となります。
ハイヒールなんか論外で、スニーカーも入山許可が降りないとのこと。
事実、その場で足の裏を確認され、ダメな場合は有料でわらじを履くことになります。



それと、遭難防止のため一人では登れず、必ず複数人が必要です。
単身の僕は、そばに居た三人連れの方々にお願いをして同行させてもらいました。



僕は学生時代は山岳部だったのですが、その経験から言っても難度の高い登山に入る。
急峻で木の根や岩場、くさり場など両手足を使ってよじ登るところがたくさんあります。





地蔵堂では靴を脱いで、張り出した縁側をぐるりと巡ります。
柵も何もなくて下は絶壁なので、僕のような高所恐怖症にはつらい修行(笑)・・・



紅葉にはもう一歩かな。
でもとても綺麗でしょう



結構、多くの人たちが登ってきてました。
老齢のご夫婦や若いカップル、家族連れなど、皆さんなかなかタフですね。

入山料を払った以上「モトをとる」という意気込みもあるでしょが(笑)
山は甘く見ない方がいい。
ちょっとした脇の繁みに滑落し頭を打って気を失えば、そのまま絶命することもあるのだから。

特に雨で地面が湿っていたら止めた方がいいです。
まあ、そんな日に登山許可はでないと思うけど



鐘楼堂では、一度手を合わせたら鐘をつくことができます。



やっと着きました。



こんな断崖絶壁によくぞ建てたものです。
修行僧が法力をもって岩窟に資材を投げ込んだという伝説から「投入堂」というらしい。



快く同行に応じていただいた三人連れにお礼を言って
車にもどったら、枯葉が舞い落ちていました。




今回の旅行には、何十年かぶりに買った腕時計をして行きました。
TIMEX 「ウィークエンダー セントラルパーク」
とても安くて、バンド(布)も替えられるオシャレな時計で気に入ってます。

次回は本題の「朗読研修会」について書きます。


s-IMG_1791.jpg



 - 2013.11.08 Fri

鳥取市でNHKの「朗読研修会」があり、その翌日東郷温泉に泊まりました。



国民宿舎『水明壮』には大好きな露天風呂があり
朝、湯ぶねから東郷湖が一望できます。







かけ流しです。



朝風呂大好き!!!



ただ、洗い場が外にあり、冬場はちょっと寒いのでは・・・^_^;



夕食は値段なりというところですが、朝食が和洋とも充実していて
湖をながめながらお腹いっぱいいただきました。



山陰といえば、やっぱりしじみですね。
カニにはちょっと早かった



朝夕食ついて、温泉もたっぷり浸かって一万円を下回る値段ってCP比がかなり高いです。



研修会・三徳山詣でについてはまた書きます。


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